めざせ100万部！ベストセラーへの道

その11
　英子と英子の友人、三原は絶句した。
　遠野の背後に立つ奇妙な風体の男は、まさしく伝説の俳優、夕月光であったからだ。
　「夕月光…さんですか？」英子が恐る恐る訊ねる。
　「ご紹介します。彼が夕月光です」
　苦虫をかみつぶしたような表情で遠野が紹介すると、夕月光は被っていたマジシャンが被るような帽子を脱ぎ、笑顔を見せて軽く一礼した。
　「夕月です。よろしく」
　透き通るような声であった。

　「な、なんで夕月さんがこんなところに…」
　英子の友人、三原は唖然とした表情で絶句する。
　「しかも遠野さんとお知り合いだなんて…」
　今度は英子が声を呑む。二人とも夕月光がそこに存在するという現実が信じられないのだ。
　無理もなかった。夕月光は「最後のスター」と称される伝説の俳優で、日本だけでなく世界中で数多くの伝説的ヒット作を生み出してきた超有名俳優なのである。つい最近も、アメリカでアンジェリーナ・ジョリーと共演し話題を呼んだばかりであった。夕月光の虜になったアンジェリーナ・ジョリーが夕月を追いかけて日本へやってきたという噂さえまことしやかに語られている。
　だが、それほど超有名な彼であるというのに、誰も彼の私生活を知らない。敏腕スクープ記者でさえ、彼を捕らえきれないのだ。それだけではない。年齢、出身地、家族、結婚しているかどうかさえ不明なのだ。それにすべてが秘密のベールに包まれている彼は、ちょっとやそっとでは人前には出ない。もちろんテレビ出演など皆無であったし、インタビューの類にも答えることはなかった。
　彼を捕らえきれない理由の一つに彼が変幻自在の変相の名人であるということがあった。とにかく、彼の変相は誰を持ってしても見破ることは出来ない。それほど巧妙で凝ったものであった。そんな超有名俳優が目の前にいるのだ。興奮しないほうがおかしい。　
　「遠野警部、簡単明瞭に教えてください。私はなぜ、今日、この場所にいるのですか」
　声を聞いているだけでゾクゾクとする。英子と三原は夕月光と一緒にいる幸運に酔いしれていた。同時に、遠野と夕月の関係が理解出来ず混乱していた。大阪府警の定年前のしがないおっさん警部と国際スター夕月光のどこに接点があるのだろうか。　
　「決まっているじゃないですか。あなたを呼ぶ時は、私が捜査に困窮した時だ。そうでなければ、誰があなたに会いたいものですか」
　「おーおー、それはまた厳しい言いぐさですね。いいですよ。何なりと相談してください。私は忙しいんだ。英国のウイリアム王子に招待されて、夕食をロンドンの宮廷で一緒に食べる約束をしているし、中国映画の打ち合わせに上海へ行かないといけない。それにドイツで…」
　「わかった。もういい。実は夕月さん。あなたの助けを借りたい事件というのは…」
　遠野は、事件の一部始終を夕月光に話し出した。