オオサカジン

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2006年10月30日

オオサカ シリアス ナイト

その11 
 新聞社に送られて来る数々の投稿や情報を伝えてくる電話、メールを整理するのは矢崎治郎の仕事ではない。だが、妹英子の相談を受けて以来、治郎は、何かが起こりつつある予感にとらわれ、足繁く、その部署に足を運んでいた。
 世の中が大きく変動する時、一夜にしてそれは変わるわけではなく、そこには必ず何らかの予兆がある。それが何であるか、治郎にもまだわかっていない。ただ、記者の勘とでもいったらいいのだろうか。大きな波の存在を感じはじめていることは確かだった。しかもそれはいい波ではない。いってみれば不幸な波の予感だった。

 英子が会社を休職したと聞いた時、治郎は馬鹿な奴だと思った。休職して復帰した時の会社の扱いを知っていたからだ。大手であればあるほどそれは強い。だから治郎は、「ちょっと待て、もっと考えろ」と言って、英子の行動を止めた。しかし、英子は治郎の言うことに従わなかった。
 「若くて、仕事もろくにせず遊んでばかりいる男だぞ。おまえ、そんな男を真剣に思ってどうするんだ。何の益もないじゃないか」
 治郎がそう言うと、英子は、治郎を諭すように、
 「お兄ちゃん。わたしは今、彼を好きなの。後も先も何も考えていないわ。その大好きな彼が、もしかしたら事件に巻き込まれて危ういかも知れないと知ったら、放っておけるはずがないでしょ。無益も有益も関係ないの。あるのはわたしの気持ちだけ。その気持ちが彼を捜せとすすめるのよ。だからお兄ちゃん、お願いだから協力して」と言った。
 「わかった。できるだけ協力するから…」
 それがつい二、三日前のことであった。
 新聞には掲載出来ない小さな事件、警察でも無視されてしまう小さな事件の数々を寄せ集めてみると、そこに「声」「叫び」といったものを感じる時がある。ここ数日、さまざまな資料を整理していくうちに、そのわずかな間に、すでに治郎は、その「声」「叫び」を感じるようになっていた。

 カズの足取りをつかむことは難しかった。それだけではない。カズのこれまでの軌跡を知ることさえ難しかった。過去が、まるで霧に閉ざされてでもいるようにわからないのだ。
 英子は、カズの言葉のいくつかを思い出そうと努めていた。だが、カズは肝心のことになると何も喋っていなかった。
 道頓堀を中心にミナミの街を歩いてみた。カズが立ち寄りそうな店に行くと、たいていカズのことは知っていた。だが、誰もカズの身の上、住まい、日頃の生活については知らない。それが不思議だった。
 一人ぐらい、親友と呼べる人がいるかと思い、期待したが、それも徒労に終わった。英子のカズ探しは完全に暗礁に乗り上げていた。
 「困ったなあ。探しようがない。どうすればいいのだろう…」
 考えあぐねた末、英子はミナミからキタへ捜索の手を伸ばすことにした。
 「カズの行動をミナミに限定していたのは自分の思い違いではなかったか。もしかしたら、カズはミナミよりキタに拠点を持っていた可能性がある」そう思ったからだ。先日、会ったウエイトレスがカズがキタに向かうクルマに乗っていたと証言した、そのこともキタに目を向かせる一つの要因になっていた。
 英子にしてみれば、何でもよかった。確たるものをつかみたかったのだ。今は、本当に何もない。何もなければくじけそうになる。カズへの思いも途切れそうになる。それが怖かった。
 明日からキタへ、そんなことを考えていた矢先、英子の携帯に一本のメールが入った。
 「おねえ。おれを探さないほうがいい。おねえが危ない」
 カズからのメールだった。間違いなくカズのものだ。何の確証もなかったが、英子は信じた。「おねえ」という言い方はカズだけのもので他の誰も知っているはずがない。
 「危なくてもいいわよ。あなたが生きているかも知れないとわかっただけで勇気が湧いて来たわ。カズ、もう少しの辛抱よ。待ってて」
 元々、気の強い性格である。普通の女性ならくじけるところでも、英子は逆に闘志を燃やす。それが、これまでの英子の生き方だったし、人生だった。
 英子のカズ探しはまだはじまったばかりだ。目の前に広がる深い霧をかき分けて、早くカズのところへ辿り尽きたい。そればかりを思っていた。 

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Posted by ゆーじゅん at 10:12│Comments(0)第一章
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